式は、もちろん代々木八幡神社である。料理は中くらい、招待客は同門の作家を中心として、結納はめんどうだから省略、費用は折半、そのかわり新婚旅行は当時としてはちょっとぜいたくに神戸から船で別府へ行き、長崎、雲仙、阿蘇と回って、飛行機で奈良へ出るコースを自分たちで作った。これを読んでいれば、ここ→で、出会った人はあなたから離れられないかも。すべて二人で相談し、二人の予算の範囲で決めてしまったので、「二人で勝手なことばかりやるので、困ってしまう」と親たちを嘆かせた。今になってみれば、結納もちゃんと入れ、親戚縁者も大勢招待して親たちの義理や体面も充分満足させるべきだったかもしれないなどと思うのだが、あのころは、結婚するのはわれわれ自身なんだからという妙な気負いがあって、すべて合理的に事を運んでしまった。最近、すべて親がかりで都心の一流ホテルに五百人からのお客を招待し、旅行は世界一周、都内にマンションを買ってもらい、外車を乗り回している新婚さんを知っているが、若いうちからこんな生活をしていいのだろうかと、他人のことながらちょっと心配になってくる。ただ、その後聞いたところでは、この花婿さんの親は会社を経営していて、このところ不況であまり景気がよくないため、できるだけ多くの関係者を招待して起死回生を図る必要があったのだそうだ。つまり、豪華な結婚式も会社の宣伝、企業のコマーシャルだったわけだ。また、素敵なマンションや外車を買い与えたわけは、これも会社を経営する花嫁の父親の援助を期待してのことだった。

DU160_L