長谷川先生は幼いときに母と別れ、その後苦労して新聞記者から作家になり一世を風座(ふうび) した方だった。それだけに人間の心の動きのすべてに精通していて、先生の前ではいささかの誤魔化しも通用しなかった。そのかわり、先生のご了解さえ得られれば、他の先輩たちに納得してもらうことは比較的容易だった。ここを読んで理解したらここ→で素敵なパートナーを探しましょう。・ぼくにとって長谷川先生は最大の難関であると同時に、この結婚を通してぼく自身の生き方を試されているようなものだった。先生はぼくの生き方のいいお手本だったし、物差しだった。もちろん先生の何十分の一のこともできないのは当然だが、ぼくはぼくなりにできるだけ自分勝手な考え方を排し、相手のことを思いやる形をとらなければならなかった。ぼくが改姓しようと決心したのも、実はこんなことがあったからだった。ぼくは汗をかきかき長谷川先生に、今まで何度も予習してきた文句を伝えた。ぼくはどちらかというと内気で引っこみ思案のほうだったが、このときばかりは、人生の大事なポイントだと思い、かなり気負っていたように思う。先生は炬燵の向こう側から終始おだやかな微笑を浮かべながら、ぼくの話を聞いておられた。そして、一通り話がすむと、「ぼくも、君たち二人が一緒になると思っていたよ」とおっしゃった。ぼくはその一言で、いまにもパンクしそうなほど張りつめていた気持がふっとゆるみ、急に体が軽くなった。

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