自分たちの金で、自分たちの考えでやったことなら、もしそれが間違っていたと後でわかれば多分二度とあやまちは繰り返さないだろうし、それなりの人生観や知恵はつく。それが、親の金、親の考えにただ漠然と乗っているだけでは、そのときはのんきでも、あとで嵐が来たときにそれをかわすだけの知恵や力がつかないのだ。不思議なもので、結婚披露宴の料理をいろいろ考えたすえ、中くらいのものを選んだが、その後もぼくたちは何か品物を選ぶとき、最高の値段のものはわざと避けて、それより一つか二つ下のものを買うことにしている。値段の最高のものなんて、なんだか空おそるしくて買う気がしないのだ。そのかわり、いつも二分か三分の余裕があって、気分的にはとても楽だ。その気分の楽なところで努力をすれば、前以上に余裕が生まれることは確実だし、前にあきらめたものを手に入れることもけっして夢ではない。考えてみれば私たちの結婚は、一茶の句みたいなものかもしれない。あなたはここで→出会った人に対して、自分の理想を演じずに本当の自分をぶっちゃけられますか?私たちの結婚が中くらいのめでたさなのかどうかは、そう簡単にきめてもらっては困るのですけれど、性格の違う者同士がよくここまで一緒にやってきたものだと、それだけは時々感心することがあります。うちの亭主は未年生まれの牡羊座、十二支や星座のことはよく知りませんが、きわめてのんびりした性格です。良くいえば泰然自若、物に動じない大人(たいじん) の風格があるというのでしょうが、悪くいえばのろまです。

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